ソーラー・スタジオ レコーディング リポート page 1 |
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このスタジオは大きく分けて2つの系統に分かれている。作曲、アレンジ系統、そして録音、ミックスダウン系統だ。12時間というのはどちらかの系統の全ての機材の電源をONにした状態での計算だ。だから、使用していない機材の電源は切るなどの対応をしていけば、それ程厳しい制限を意識しなくても仕事が出来るかも知れない。しかしこれはベストコンディションの場合。セッションの相手には気まぐれな天候が含まれている。今後何が起こるかは分からない。 さて、このリポートはいわゆるレコーディング以前の段階から行われている。つまり、今は実際に音として組みたてる以前の段階だ。最初に着手するCDはちょっとややこしい原案に基づいている。つまり、既存のヒラサワ ソロ曲をP-MODELの核となるアレンジ法でリサイクルするというものだ。今日はまず、過去のソロ曲を試聴し、リサイクルの候補曲を決定した。恐らく無理が生じる曲もあるだろうから、予備候補も何曲か用意したいところだが、この選択が難しい。明日からは作曲、アレンジ系統の電源を入れ、実作業にかかる予定だ。 実は、明日からの作業には1つ未だ解決できない問題がある。私が常時音楽制作に使用しているAMIGAコンピューターはデスクトップ型で、当然のことながらノートブック型の製品も存在しない。そこで、今は電力の消費を抑えるためにノートブックPC上でAMIGAをイミュレーションしている。通常使用しているソフトはこのソーラー・AMIGAで問題無く動くのだが、外部機器を親にした同期がどうしても出来ない。原因は、私の知識では分からない。従って、レコーディングの際にはこの同期のために本物のAMIGAを使うことになり、電力の消費量が増えてしまう。計画的にやらなければ比較的早い段階でエネルギーが遮断されてしまうだろう。 2001/07/12 実は、作業自体はあまりはかどっていない。というのも、古い機材のデータを、現在の機材で扱えるデータに変換したり、あるいは、シーケンサーからコンピューターにデータを置き換えたりといった雑事が完了していないからだ。「音楽を作っている」という実感が生まれるにはまだ数日かかるだろう。 ところで、Solar AMIGAが外部の機器とのシンクロに問題がある件について、解決法を見つけた。根本的な解決ではないが、実にシンプルで確実な方法だ。Solar AMIGAはWindows上でエミュレートされているわけだから、別にWindows上にももう一つ音楽ソフトを立ち上げてファイルを共有すればいいのだ。通常の作業は使いなれたAMIGA、外部機器を親にしたシンクロが必要な場合はWindowsに切りかえれば良いだけの話しである。 このリポートは音響技師の鎮西さんが加わった作業になるまではこのように地味だ。まずは助走と思ってほしい。 7月14日。前日の強風のためソーラー・パネルにだいぶ砂埃がかぶってしまったので水洗いしてみる。強風が吹く度に近所の公園から砂埃が舞いあがる。それにしてもパネルの上を通過する水は、体にかかるまでの間に熱いお湯と化している。しばらくお湯浴びをした。 7月15日。電源に電力量計を付けてみた。実際レコーディングに使用している電力は思ったより少なかった。ノートブックなどは10W程度しかない。調子に乗って機材の電源をどんどん入れていく。インバーターのファンが回り出したので次々と電源を切る。今は時間のかかるアレンジ作業をしている。太く短くより、細く長くを目指そう。数時間の間はコンピューターとシンセ1台で作業する。そして確認のために別の機材の電源を入れ、その後また電源を切る。この繰り返しだ。この作業はいつもの手順とはまったく違う。通常は曲をどんどん流し、それに反応するように楽器を加えていく。しかし、ソーラー・スタジオでは、曲は頭の中だけで鳴らさなければならない。1つの楽器だけの電源をONにし、頭の中の曲に気持ちを集中させてアレンジをしていく。瞑想的な作業だ。1つのパートのアレンジが出来たら、全ての機材の電源をONにし、太陽の門を開けて、エネルギーの大広間でセッションをしてみる。できが悪ければ再び頭の中のスタジオに戻り、作業をしなおす。 一つの作業場に、2つの次元の違う空間を空想して作業するのは楽しい。「頭の中のスタジオ」と、「太陽の大広間」だ。アレンジ作業には、DNAの組み合わせ図を頭の中のスタジオで作成し、太陽の大広間で、実際にどんな生物になるのかを確認する、というシーンを捏造する余裕が生まれた。電気を沢山「使える」と、「使えない」という境遇だけを行き来するだけならイライラするが、「太陽の大広間」が、「使えない」という規制を別の意味に変えてしまった。 Solar Rayのアレンジは、あと1日で終わらせよう。 7月17日。一日遅れてSolar Rayのアレンジが終った。メロディーを随分変えてしまった。現在までのところ頻繁に未使用機材の電源を切ることによって電力不足が問題になることはない。またもや強風が吹いているが、「パネルに被った砂埃などはそれほど神経質に掃除する必要はない」とエナジー・グル・牛島に言われて少し安心する。 7月18日。雲が多く、日照時間が少ない。以前バッテリーとインバーターだけでどのくらいの時間電気が使えるかを試した時にくらべて、チャージコントローラーを加えてからのほうが警告音が鳴るのが早い気がしてきた。バッテリー、チャージコントローラー、インバーターの3つの機材はお互いに並列に繋がれているので、インバーターはどこに繋いでも機能には影響ないと思い、横着して直接チャージコントローラーに繋いでいるのが原因かも知れないと思いエナジー・グル・牛島にたずねる。「その配線はNO。横着しないでインバーターは直接バッテリーに繋いでください」との回答。またグルにNOと言われてしまった・・・配線を変えようと思い、チャージコントローラーのフタを開けた途端、ドライバーを基板の上に落としてしまった。過剰電流が流れたことを知らせる赤いLEDが点灯する。ヒラサワ焦る。慌ててドライバーをどけるとLEDは消えた。しかし、充電状況を知らせる緑のLEDが非常に暗くなってしまった。壊れてしまったのだろうか?今日は雲が多く、正常に充電されているかどうかをチェックするのは困難だ。とりあえず配線だけ直し、明日の晴天を期待して作業を終える。 7月19日。今日からSolar Rayの歌録りだが、またしても雲が多く午後12時になってもバッテリーはフル充電されない。まもなく音響技師の鎮西さんが来る。レコーディングを中止するわけには行かない。歌録には機材の中で最も電力をくうミキシングコンソールを使う必要がある。これから10時間以上もの作業に耐えられるだろうか。とりあえずソーラー・スタジオのミックスダウン系統の電源を入れてみる。しかし、ミキシングコンソールの電源を入れた途端、電力不足の警告音が鳴った。このコンソールは、24チャンネル分の各フェーダーにモーターが付いていて、音楽に同期しながら自動的にフェーダーが動く機能が付いている。電力をくうのは当然だ。このコンソールを今日使うわけにはいかない。 鎮西さんが到着し、作戦会議をする。「タイ王国モードで行こう」という結論が出た。「タイ王国モード」とは、タイでレコーディングする際にこのスタジオから持ち出される一部の機材だけで作業するということだ。すでにご存知だろうが、タイのスタジオ機材は信用できない。そこで小さなデジタルレコーダーだけをタイに持ち込み、タイの機材は使わずに作業する。ソーラー・スタジオでは16トラックのデジタルレコーダーが3台連動している。バーチャルトラックを含めればトータルで768トラックもある。「タイ王国モード」では、この半分か1/3を使用する。作業的には充分だ。レコーダーのミキシング機能を使えばコンソールも必要無くなる。これで問題は解決だ。レコーダー1台とマイクアンプだけで作業すれば10時間以上の作業は可能だ。照明はLEDと直流12Vの5Wだから消費電力を気にする程ではない。せっかくだからスタジオにはレモングラスの香りを漂わせ、タイレコーディングの気分を盛り上げた。太陽の門から灼熱のタイ環境を呼び込み、心的エネルギーはフルである。歌録は順調に進み、深夜2時無事終了した。警告音は鳴らなかった。合掌。 7月20日。いよいよミックスダウンだ。しかし、このところ日照時間が少なく、ミキシングコンソールの電源を入れるのが怖い。更に、最終的には3台のレコーダーも同時に稼動させる必要がある。全ての電源を入れれば、恐らく4時間程度しか持たないだろう。ミックス中にコンソールのフェーダーができるだけ動かないようにする作戦を練る。1台ずつレコーダーの電源を入れ、レコーダーのミキサー部で音の処理や音量の推移プログラムをできるだけ済ませておく。調整の終ったレコーダーの電源を切り、次のレコーダーの電源を入れる。そしてまた次のレコーダー。いよいよ3台のレコーダーとコンソールの電源を入れる時が来た。使用機材の内蔵ファンを次々と止める。電力量計と電圧計に視線をやる。緊張する。まるで時限消滅するロケットで太陽風の中を突進するかのごとき緊張感。音響技師の鎮西さんが、全て電源を入れた。インバーターのファンが回り出す。太陽のゲートは開き、ブルーの光の中をロケットは突進する。 3時間50分経過。バッテリーの電圧があと0.2V低下すれば警告音が鳴る。その後10分でエネルギーは遮断される。急げ。 4時間7分経過。ロケットは目的地に到着。Solar Rayのミックスダウンは終了した。しかしまだ終りではない、警告音が鳴る前にマスター音源のコピーを取る作業が残っている。使わない機材の電源を切り、マスターコピーにとりかかる。 警告音は鳴らなかった。それにしても、ものすごい作業効率だ。通常なら、下手をすれば10時間はかかってしまう作業が60%程度の作業時間で済んでしまった。手を抜いたわけではない。時限航行のおかげで集中力が高まり、感覚と処理がフル回転したのだろう。しかし、ゆったりした曲には、この方法は向かないかもしれない・・・・・・ 7月21日。次の曲に着手。ミックスダウンのスピード感がアレンジに影響を与えている。賢者のプロペラも高速回転を始めた。 7月22日。アレンジ難航。 7月23日。アレンジ難航の原因が分かり始める。ベースのフレーズが細かすぎて巨大な壁になり、他のパートをマスキングしてしまう。パートを重ねるのが難しい。 7月24日。やはりベースは変更しない。しかし明日は歌録だというのに、まだアレンジは完成せず。 7月25日。アレンジ未完成のため、歌録キャンセル。大丈夫。いつもこんな調子だ。最終しめ切りにはいつも間に合う。歌録は27日に延ばしてもらった。今日はリフレッシュの日にしよう。 7月26日。アレンジの問題は解決。ベースを5本重ねることで、別方向へ向かった。音響技師の鎮西さんがバッテリーを持って来る。ライブに備えてバッテリーを2基追加した。これで電力の使用時間はぐっと延びるが、使い切ればフル充電までは倍の時間がかかる。イザという時に備え、今まで通りの作業法を維持しよう。 7月27日。歌録。今回はコーラスが無いので楽勝だ。早めに終え、ギターソロを録音する。勿論ギターアンプなどは使わない。そもそもギターアンプのギトギトしたギタークサイ音は嫌いだ。 ブルーの光の中でギターを弾くと落下感がある。暗いスタジオの心理空間は拡大している。遥か下方へ落下してみよう。太陽のもう一つの資源"闇"と和解するために、いさぎよく。 7月28日。只今、高速回転する"賢者のプロペラ"のミックス中。前回の曲の突進感にくらべ、ギター録り時に味わった落下感が尾を引く。なんと落下速度の速いことか。さあ、仕事にもどろう。 7月28日。無事2曲目のミックスダウンが終った。しかし作業環境に慣れてきたせいか、あまりバッテリーの残量など意識せずに仕事をするようになった。この日も機材の電源のON、OFF、作業項目の速やかな移行など、手馴れたものだ。しかしミックスが終って、バッテリーの残量を確認して冷や汗をかいた。作業中の緊張感は相変わらず高い。 7月29日。1曲目のミックスやり直し。日にちを空けて聞きなおしてみると歌のレベルが小さいため。まあ、よく有ることだ。オートミックスのデータは保存されているため、最初のミックスより時間はかからない。今日は余裕だろう。えーいギターも入れてしまえ。 7月30日。3曲目のアレンジに突入。アレンジ作業はミックスダウンに比べて消費電力が少ない。気分的には余裕が生まれている。昼間から気分を高めるためにLED照明を点けてみる。体が惑星・気象事情に順応してきたのか? 7月31日。今日で3曲目のアレンジを終えれば予定より早い進行になり、日数を稼げる。悪天候が続き、電力が足りなくても余裕が出るわけだ。悪天候?わがままな言葉だ。効率を上げるには気分を高揚させるに限る。ビデオを見てみる。ソーラーシステムでビデオを見るのは初めてだ。電力をくうTVモニターは使わない。電力消費の少ないゴーグル型の液晶ディスプレーを装着する。3曲目はSIM CITYだ。ディスプレーには、私がBANGKOKをSIM CITYと呼ぶきっかけとなったタイのあるエリアが映し出されている。知り合いのタイTG(Trans Gender)が撮影してくれたものだ。沢山のTGが通りを歩いている。カッコイイ人たち。ブレードランナーのような光景。彼女たちはシリコンで身体を女性に改造している。太陽電池とTG、なんというシリコン三昧。突然ベースのフレーズがやって来た。今だ! SIM CITYのアレンジは終了した。これで日数が稼げた。曇りでも雨でも来い。雷が鳴っている・・・発電には不利だが、気象現象は嬉しい。 8月1日。4曲目に着手。エナジー・グル・牛島から荷物が届いた。何だろう・・・・包みを開けるのが怖い。「NO」というプラカードが入っていたらどうしよう・・・・しかしちょっと重い。「NO」という文字が彫られた鉄板だろうか(くどい)。金属の音がする・・なんと!中身は小さな風力発電機だ!「これで風力発電を勉強すべし」と書かれた手紙が入っていた。小さいとは言えステンレススチール製の立派なものだ。おお、グルよ、今度は風から音楽を取り出せと言うのでしょうか・・・まずは平沢、風からブルーの光を取り出せるようになるまで、このタービンで修行します。 8月2日。比較的早い時間に4曲目のアレンジ完了。実はこのところ曇りが多かったために短時間に完成しそうな曲を選んでアレンジをしていた。気象現象と選曲の関係が生まれたというわけか?しかし、明日の歌録音には電力が足りないかもしれない。 8月3日。なかなか太陽が顔を見せない・・・・電力の蓄えも長時間の歌録りには充分ではない。歌録りを途中で止めるのは望ましくない。歌い出してから調子が出るまでには時間がかかる。調子が出たところで一気に録音するのが通常のやり方だ。少ない電力で、機材を騙しながら使うことは出来るが、生身の人間のノリは騙してもなかなかやって来ない。思いきって今日の録音はキャンセルしよう。録音のキャンセルは辛いが、太陽が無ければ歌えないという境遇は何故か気高い魔術的歌い手のようで気分が良い。太陽からやって来る声を歌う男・・・・とか。 8月4日。午前中くもり後晴れ。音響技師の鎮西さんと電話で「録音決行」の確認。私はスタジオで準備にかかり、鎮西さんはスタジオに向かう。どんどんバッテリーの電圧が上がって行く。いいぞ。今日は太陽の歌い手になるのだ。 録音が開始される。曲はSIM CITYだ。ボーカルブースの白色LED照明が冷気を放つようで良い気分だ。のっけから予定に無いメロディーの変更アイデアが出る。矢継ぎ早に歌のスケッチを録り、どんどん声を重ねて行く。スケッチが出来あがり、鎮西さんと協議の結果変更アイデアは採用される。さあ、どんどん録って行こう。あちこちに反射するブルーのLEDがBANGKOK SIM CITYのネオンのようだ。 歌録りは速やかに終った。余裕があるのでアレンジの再考をした結果、Miss Nのナレーションをコラージュした。しかし、この新しいSIM CITYはJaransanitwong通りソイ24というより、パッポンKINGS CORNERのお立ち台というノリだ・・・・ 8月5日。なんという事だ!なんとなくインバーターの挙動が腑に落ちないと、ずっと感じていた。メーカーに問い合わせたところ、バッテリーとインバーターを繋ぐケーブルを太くしろと指示された。指示通りのぶっといケーブルを繋いだところ俄然効率が良くなった。どのくらい良くなったかというと、以前はレコーダー3台とミキシング・コンソールの電源を同時に入れると警告音が鳴ったのに比べて、今回は鳴らない。さらに、この後のミックスダウンで分かったことだが、電力の持ちが全然違う。ミックスダウン中は1時間に約0.08V程度の電圧低下が起こるだけ。つまり、計算上は最長29時間以上も作業が出来るということだ。ああ、シロウトは恐ろしい。もし現場にグル・牛島が居たら即、「その配線はNO!細すぎる!」と言っただろうに・・・・それにしても、見よこの赤と黒のケーブルの太さ。横の白い普通のACケーブルと比べていただきたい。 さて、ミックスダウンを始めよう。調子に乗ってミックスダウン・エリアの電源を全てON。勿論今までは止めていた機材の冷却ファンも全部回す。警告音は鳴らない。ブラボー!!途端に大船に乗った気分だ。「太陽の大広間」のゲートを全開にし、大型船でブルーの光へ突入する。曲はSIM CITYだ。わははは。ブルーのもやの中、ラマ4世通りを超低空飛行で進む。こっちは僅か240Wだが、パッポンのバカげた電飾群より強靭だ。 ぶっ続けで11時間の作業。警告音も鳴らず、ミックスダウンは終了した。 8月6日。曇り。最長29時間以上の作業が出来るとはいえ、バッテリー4基を空にしてしまえば充電に時間がかかる。電力はまだ余裕だが、今日は控えめに作業する。音数の少ないアレンジに着手。 8月7日。曇り。曇りとはいえ少しは発電している。早めに作業を終えよう。GEMINIのアレンジ完了。明日は歌録りだ。 8月8日。曇り・・・辛いかも知れない。もし明日晴れてくれなければ、今日の作業で電力を使い果たしてしまうかも知れない。鎮西さんが来るまでの間アカペラでコンディションを整えておこう。そうだGEMINIはギターも録音しなければならない・・ 鎮西さん到着。まずは超省電力モードでギターを録る。さあ、長時間のボーカル録りだ。いたって順調。無事歌録りは終了。しかし・・・・明日晴れなければ、本当にミックスダウンは危い・・・ 信じられない・・・前回のリポートから1週間が経っている・・・昨日書いたような気がしていたのに。日にちが経つのが早すぎる。1ヶ月が1週間のように感じる。 8月9日。晴れた。バッテリーの残量も充分だ。予定通りミックスダウンを決行。GEMINIはアレンジをコンパクトにしたので早く終りそうだ。気分に余裕があるため、作業はダラダラとしてくる。途中電源を入れっぱなしで休憩してしまった。このプロジェクト始まって以来の電気の無駄遣いだ。鎮西さんも私も、いちいち測定器を使ってバッテリーの残量を計らなくても、だいたいの感覚で残りの作業可能時間が読めるようになっている。その感覚に従って、時には気をゆるめたりする。体がこの省電力作業に馴染んで来たのだ。以前の張り詰めた作業とは違い、今は冗談も飛び交う。そうこうしながらGEMINIのミックスダウンは無事終了した。 8月10日。今日からの作業は難問だ。電力や天候のせいではなく、ベルセルクのテーマ曲、FORCESをどうやってP-MODEL風にアレンジするかという問題だ。今日一日作業したが、方向性が見つからない。 8月11日。難問だ・・・・この壮大な曲をどう料理したら良いのか・・・・ 8月12日。・・・難問だ・・・。P-MODELのソリッド感とFORCESの重さが相容れない。一日作業するが、まだ光は見えない。 8月13日。ボーカルをより一層抑える方向で行こう。オリジナルFORCESの張り詰めた歌い方に比べ、こっちはささやくような声で。いっそのこと歌は1オクターブ下げてしまえ。これで方向が見えた。力強く歌わず、抑えてクールにすればオケをオリジナルの大仰さから遠ざけることができる。これで行こう。 その後は弾丸のようにアレンジは進み、完成した。良し、バッテリーの残量もなんとかなりそうだ。明日は歌録りを決行しよう。 8月14日。晴れ。ソーラーパネルの発電も力強い。鎮西さんの提案で、ライブに備えたバッテリー耐久実験も兼ねた歌録りをすることになる。結線を変え、バッテリーの数を半分にする。しかし、使用する電力は今まで通りだ。歌録り開始。機材の電源を入れる。バッテリーの数は減らしたものの、既にケーブルの太さなどの改善や、今までの経験で心理的には余裕がある。慌てず、騒がず、歌いはじめる。 うっ・・難しい・・・歌を1オクターブ下げたために、歌いづらい。ボーカル録りに時間がかかる。約7時間経過したところでミキシングコンソールのフェーダーを動かすモーターが回ると、音のノイズが乗るようになった。インバーターで変換された電圧を測ってみると、なんと100Vを切っていた。約89Vだ。バッテリーの電圧はまだ余裕があったが、ここでライブのための耐久実験は終了し、バッテリーの台数を増やす。ノイズは消えた。 更に作業を続けたが喉がへたってしまった。残りは明日に回し、本日の歌録りは終了。明日は残りの歌を録った後、そのままミックスダウンに突入する予定。 なんということだ!また1週間経っている!いったいこの時間経過の早さはどうなってるんだろう・・・ 8月15日。一晩寝て喉のヘタリも回復した。サクサクとボーカルの残りを録音してしまう。順調に録り終え、そのままミックスに突入。昨日バッテリーを酷使したので、今日はできるだけ早く作業を終らせたい。しかし・・・難しい。ちなみに私のアレンジはエンジニア泣かせだ。中低域の音色が集中的に使われていて、あちらを立てればこちらが立たず、という事態が生じる。通常よく耳にする音楽はキレイに歌の帯域をよけた音色の配列になっていてバランスを取るのにあまり難儀はしない。しかし、私はそういうアレンジはキモチワルくて出来ないのだ。専門的には「分離の悪いアレンジ」と呼ばれ、エンジニアやディレクターには嫌われる構造をもっている。私は分離の悪い構造のアレンジをした上に、さらに分離を悪くするために個々の音を故意に汚したりする。エンジニアは怒り出して説教しだすか、号泣するかだ。長年作業を共にした鎮西エンジニアにしか出来ない作業ともいえる。 ミックスは終了した。しかし今日もバッテリーは酷使された。明日は一日充電に充てる必要があるかも知れない。 8月16日。思ったとおりバッテリーはなかなかフル充電にならない。朝から作業はしないほうがいいだろう。どうしようか。とりあえず貝塚にでも行こう。 貝塚には思った通り誰もいない。遠くの竪穴式住居に向かって芝生の上を歩いて行くと、突然縄文時代に放り出され、なんとかして21世紀に戻る方法を探すために縄文人と接触して情報を収集しなければならない人になったようですがすがしい。あの民家を尋ねて何と言おう・・この服装の言い訳を考えなくては・・などと考えながら歩く。あーすがすがしい。仮に縄文人が21世紀に帰らなくてはいけない男の境遇を理解したとしても、帰らなければならない理由については何というだろう・・・・「何でそんなところに帰る?」・・・ごもっとも。それはそうと、バッテリーは夕方まで充電させておこう。 竪穴式住居の中はひんやりしている。しばらくここに居よう。円形にくぼんだ床面に何かイタズラ書きしたい衝動に駆られる。こういう所には宇宙図なんかが描いてあると似合うに決まっている。描いてしまえ。いいのか?古代遺跡にそんなことして?床は土だ。後で消しとけばいいだろう。それに私はよその国の古代遺跡を改ざんして感謝されたこともある。床の真中に太陽の円を描く。同心円で、水、金、地、火、木の軌道を描く。あ、床面が足りない・・・いいや。さて、惑星はどう配置して行けばいいんだろう。適当に描いてやれ。それらしい太陽系の図が出来あがる。似合う!実に似合う!外に出て太陽を見たくなる。えーい芝生にあお向けに寝てしまえ。どうせ誰も来ない。「あの太陽が、これなのさ」と思ったりする。あーすがすがしい。「この太陽は21世紀の太陽ではなくて、縄文時代の竪穴式住居の床から覗いた太陽なのさ」などと思ってみる。さらにすがすがしい。 「ちょっと、アンタ。」 と、あお向けに寝た私の頭のところで仁王立ちになった縄文人が言う。「ウチの床に落書きしたのはアンタだろ。」 はい、すいません。すぐ消しますから・・・「そうじゃなくて。あれじゃ足りないんだよ。困るんだよ。子供が間違った宇宙図を覚えてしまう。」 じゃ、書き足しますから・・・「どうやって?もう書き足すスペースは無いぞ。」 はあ・・・・・すみません・・・「アンタ何者だ?」 あ、あの・・ミュージシャンですけど・・「ミュージシャンにもいろいろ有るだろう、ビジュアル系とか。」 あ・・た・・太陽系の・・・ 「答えになっとらんぞ。我々はみんな太陽系だろうが。」 じゃ、発電系の・・・ 「??何だその発電というのは?」 あ・あの・・21世紀では、エネルギーを、あの・・・巨大な施設で・・こう・・危ないんだけど・・あの・・汚いけど・・そいで、でもみんなが使うし・・えと・・ 「子供にゃ聞かせられんな、そんな馬鹿げた話」 いてててっ!ちょっと、いたたたた!!!縄文人は私の耳をひっつかんで竪穴式住居の中へ連れ戻す。「この図はアンタが描いたんだろ。」 は、はい。「ここにある太陽のエネルギーは、21世紀の地球には届かないのか?ん?」 いえ、でも、もう巨大施設とか作っちゃったし・・お金もかかったから・・・あの・・回収しないと・・・それに・・産業社会は・・・ 「おい!かあさん!!子供達を外に連れ出してくれ!こんな下品な話しは聞かせられんぞ!」 と、ここまで書いたところでZAURUSの電池も残り僅か。続きはまた充電待機時間に書くとして、とりあえずスタジオに戻ろう。そろそろバッテリーもフルになっているはずだ。あ、宇宙図消すの忘れた・・・ 8月17日。昨日は何を隠そう、スタジオに戻ってもバッテリーはフルではなかった。という訳で今日から本格的にバーチュアル・ラビットのアレンジに着手する。これは簡単。インバーターの電源を入れる。ピーという音がして電圧変換が始まる。この、ピーという音でいつも身が引き締まる。アレンジ順調。 8月18日。人感センサーライトの電池が残り少ない。大丈夫、ガーデニング・ライトや小型ソーラー・発電機で充電された乾電池は沢山ストックされている。ついでにラジオなどの電池も替えておこう。そうだ、今日から口からお湯の出るモアイ像が風呂場にある。このモアイ像の乾電池もソーラー充電したものだ。この家屋は、エネルギー的にはどんどんスタンド・アローン化していく。いや、表現がちょっと違うぞ、「どんどん太陽系化していく」だ。あー、すがすがしい。 さてアレンジは早い時間に完了。明日は歌録りだ。 8月19日。バーチュアル・ラビットの歌録り。特に難関も無い。バッテリーの残量も充分だ。 比較的早い時間に歌録りは終了しそうだ。夕食はちょっと足を伸ばしてインド人だらけのインド料理屋へ行く。そういえば、スタジオで使用しているインバーターはインドの軍隊も使っているらしい。 「あるという〜」とか「わ〜れだして〜」とか「まぶしくて〜」のパートをボコーダーにしてみる。言葉は聞き取りにくいがOKだろう。そもそも私の歌詞は何を言ってるんだか分からないと評判だし、意味のわからない歌詞として有名だ。どうしてなんだろう??あ、歌録りは無事終了。 8月20日。バーチュアル・ラビットのミックスダウンは順調に進行。太陽光を変換して作り出したブルーの暗がりの中に月面のウサギを探すという連想もソーラー・スタジオにマッチする。良い気分の作業だ。宇宙船の窓からは、科学の光が未だ人の内的イメージへの集中を妨げるほどの大量のゴミ情報を放ち続ける古臭い地球の都市の光景が広がる。我々は新しい科学が作り出した豊かな「伝承の暗がり」の中を一足先に航行する。見よ、あの馬鹿げた広告塔の馬鹿げた明るさが誘蛾灯のように馬鹿げた消費を呼び寄せている。とかなんとか盛りあがるうちにミックスダウンは終了した。今日は早いぞ。 あまり早かったので、余った電力で遊んでみようか。鎮西エンジニアの帰った後、作曲アレンジエリアの電源を入れる。300Whくらい使って遊んでみようか。ところで300Whはどのくらいの電力なんだろう。正確な情報ではないので責任は持てないが、たしか大阪、HEP FIVEの観覧車の消費電力は18,000Whくらいで、1周15分というのをどっかで見たことがある。だとすると300Whというのはこの観覧車が1/15回転(24度)するのに消費する電力ということになるのか?ほほう・・それでは、観覧車が24度だけ回転する間に出来る曲を作ってみよう。しかし、この計算・・間違い無い? 8月21日。しまった!雨だ・・・。昨日遊ばなければよかった・・・しかも台風が接近している!今日は作業を控えよう。台風に備えてソーラー・タワーの点検でもしよう。 8月22日。台風。ソーラー・タワーはびくともしない。しかし発電もしない・・・。今日も作業は出来ない。バッテリーが浸水しないように処置を済ませ、貝塚へ行く。が、ひどい雨で竪穴式住居の中で原稿など書くどころの話しではなかった。暴風雨でソーラーパネルに積もった埃がきれいに洗われていく。 8月25日。「世界タービン」のアレンジ完了。 8月26日。今日は歌録りだが、天気は曇り時々雨というところだ。キビシイ・・・バッテリーの残量が充分でないために、このプロジェクトがスタートした当時の「タイ王国モード」で作業を開始する。充分に計画的に、必要なレコーダーだけを動かす方法だ。歌録りそのものは順調に進んだ。ところで、「世界タービン」の中で使われている古代韓国語の「ヨングミラ テチタ」という掛け声は私の声ではない。オリジナルも私の声ではないのは知ってた? 超省電力の下準備の後、一気に全機材の電源を入れる集中作業の結果、無事警告音は鳴らずにミックス終了。ふ〜・・さて明日からまた次の曲だ。 8月28日。晴れが見込めれば音数の多いアレンジを予定した曲の作業。電力が残り少なければ音数の少ないアレンジを予定した曲の作業。これは厳密に計画されたものではないが、大雑把にでも、この考えに沿った作業は出来ていたのだと思う。しかし、残る曲はすべて音数の少ない傾向だ。肩の荷が少しずつ軽くなって行く。しかし、このところの電力不足に加え昨日のミックスでバッテリーを酷使したため、今日の作業はキビシイ。頭の中だけで作業をしてみよう。過去使用した音源のリストを見ながら、組み合わせを考える。なんとか行けそうな気がしてきた。今日は電力を使わない。庭師KINGとAURORAを無音で作業する。 8月29日。AURORAのアイデアが浮かんだ。もう出来たも同然だ。後回しにしよう。恐る恐る電源を入れ庭師KINGの作業にかかる。この曲もすでに昨日中にアイデアと使用する音源を決めてある。作業は順調に進んだ。 8月30日。今日の天気は期待していなかった。しかし庭師KINGは2時間程度で完成させた。明日の歌録りのために電力を残しておかなければならない。それにしても残っている電力は、今まで歌録りのために使用してきた量より少ない。しかし、きりぬけるアイデアは有る。 8月31日。曇り!感嘆符を付けている場合ではない。電力も少なく、太陽も出ていないのに何故喜ぶか・・・・・しかし、これは正直な感覚だ。有無を言わせぬ環境を与えられて、その中で問題を解決するのは楽しくもある。しかも環境を与えてくるのは敵ではない。解決法が手中にある時は「どうだい!」という気持ちになる。曇りだろうが電力が残り少なかろうが、今日はいつもの歌録りの半分以下の電力で作業を終えることができる。ラッキーなことに、オリジナルの庭師KINGはタイでレコーディングをしている。つまり、現在のソーラー・スタジオのモジュールをタイに持ち出して録音しているのだ。したがって、ボーカルのデータが存在するのだ。今日は歌わない。そのかわりタイレコーディングのデータからボーカルを抜き出し、編集してオケにはめ込む。さあ、鎮西さん、遠慮なく太陽の大広間を開けてください。そのかわり、ゲートが開いたら超高速作業ですよ。ボーカルデータのタイムコードを紙に書き連ねる。パートの区切れ目の時間をどんどん書いていく。一旦電源を切り、編集プランを立てる。再び電源を入れて、一気にボーカルデータを張り込んで行く。どうだい!終ったよ。使用電力はいつもの歌録りの1/3だ。ははは。 既にお気づきかと思うが、このリポートの量は、ミックスダウン時にエンジニアの鎮西さんが「整音」に費やす時間に比例し、その間私がやるべきことの量に反比例する。という訳で今日も前回から一週間経っていることにビックリしつつ。 9月1日。晴れ!おとなしめにアレンジされた「庭師KING」のミックス開始。晴れていると、実際の充電量とは関係無く強気になる。しかし、昨日の超節電作業によって今日の電力は概ねOKだ。午前中の日光でだいぶ回復している。 本日も無事ミックスは終了した。しかし、新しい事が発覚した。電力が不足するとミキシングコンソールのフェーダーを動かすモーターが回る度にノイズが出る。注意していないと聞き逃してしまうほどのノイズだが、今後は要注意だ。 9月2日。念のため今日は電気を使うのはやめよう。アレンジ作業はしない。 9月3日。今日から2日間でAURORAのアレンジを終了させる。構想は隅々まで出来あがっている。毎日梅雨のような天気。心して、素早く仕事を終えよう。 9月4日。明日の歌録りのために電力を残しておく必要がある。手際良くアレンジを進める。そうだ、作業楽器を一つ減らそう。使う波形を全て一台の楽器に取り込み、アレンジ時に使用するミキシングコンソールも電源を切ってしまえ。ディスプレー画面もめいっぱい暗くする。キーボードはちょっと作業しづらいが電池駆動のものにしよう。これでいつもの使用電力の約半分でできる。機材のインジケーターやディスプレーの明かりだけでも手元が見える。えーい、照明も消してしまえ!真っ暗なのもなかなかカッコいい。必要な時は手回し発電の懐中電灯を使えば十分だ。よし、環境は整った。一気に作業にとりかかろう。 アレンジは完了した。しかし、これは、歌が出るまで誰もAURORAとは思わないだろう。ま、こういう冗談も1曲くらいあって良い。 9月5日。3日間の集中節電モードのおかげで、晴れて今日は歌録り。しかし、外は雨・・・。実は、歌録りの所要時間を減らすために新しい道具を取り入れた。それは新しいヘッドフォンだ。最近よくウォークマンなどで使われている耳かけ式のヘッドフォンだ。何故これが歌録り時間短縮に繋がるかというと、説明がちょっと難しい。人はヘッドフォンで大きな音量で聞いた時よりも、小さい音量で聞いた時のほうが音楽のピッチがごく僅かだが低く聞こえる。理由はわからない。他人のプロデュースをする時などは、歌っている本人が気づかない程のわずかな音程のズレを矯正するためにヘッドフォンの音量を上げさせたり下げさせたりすることがある。これによって体感音程を微妙に上下させ、歌う人が無意識的に僅かな音程の差に付いて行こうとするのを利用するわけだ。こういう操作を行なわないと、歌っている本人は音程が僅かにずれていることを認識していないので、何度録りなおしても改善されず、延々時間だけが過ぎ、歌い手は疲労し、自信を無くしてしまう。余談だが、どんな手を使っても音程の定まらない歌手の場合は、後でデジタル的に修正する。(−−; 実はヒラサワも自分自身の歌録りの際にはヘッドフォン音量の上げ下げで音程を調整することがある。耳かけ式なら、歌いながらヘッドフォンが耳に当たる角度を調整し、縦横無尽に音量を調整できる。数十人のバカコーラスを一人で録る時には、ヘッドフォンから聞こえる音と、ヘッドフォンを片耳外して聞こえる生声との中間のピッチを狙って歌うこともある。耳かけ式なら歌いながら瞬時に片耳のヘッドフォンを外したりつけたりできる。これによって、いちいちレコーダーを止め、体制を整えなおしてから再び歌うという手間が省けるわけだ。これは歌い手のノリにも大きく影響する。もちろん古の大物歌手ならば、こんな手の込んだ細工など必要ないが・・・・。歌いきれるまで充分に練習し、それからレコーディングに臨むなど、優雅な音楽生活を送っていない以上、この手法に頼るしかない。 9月6日。電力的には非常に厳しい。しかしミックスを決行する。当然のことながら省電力モード+機材の冷却ファンストップという条件で始める。こういう状況は何度も経験しているし、特に大きな問題では無い。それより若干心配なのは明日からの天候だ。間もなく締め切りがやって来る。期限内に残りの1曲をアレンジ+歌録り+ミックス+マスタリングしなければならない。マスタリングまでこぎつければ更に使われる電力は少なくなる。なんとかそこまで行きつこう。 AURORAのアレンジ自体音数が少ないせいもあって、ミックスは特にエネルギー危機を迎えずに終了した。しかし、覚悟を決めて臨んでいるのに危機が訪れないのは楽しみも半減する。まるで真空ハッチから空気が漏れ、どっと酸素が失われるような危機にみまわれることさえ期待する自分にゾっとする。期日に遅れれば流通システムにまで影響を及ぼすというのに。SFの読み過ぎか、それとも今までの経験から、絶対に回避できる方法を見つけられるという確信が芽生えたからなのか・・・・多分前者だろう。危ない危ない。 9月7日。最後の曲「広場で」のアレンジ。しかし、もしこのまま曇りや雨が続いたら、予定の歌録りやミックスは危険だ。シンセを2台廃止しよう。アレンジも最小限に音数を減らしてしまえ。 アナログシンセが不安定になりだした。電源を調べたら100Vに達していない。80V代だ。音程が定まらない。ん?しかし・・・これは好都合かも知れない。途中まで出来ているアレンジの中には、広場の片隅に用済みになって捨てられたアンドロイド娘のような声が入っている。同じく投棄された用済みのマシンとして、用済みアンドロイドとこの音程の定まらないアナログシンセ音が会話する、というような設定で間奏を弾いてみよう。 お、イケる!電力が足りず、音程が定まらないシンセならではのうらぶれた感じ。これは採用しよう。しかし・・・ライブでどうやって再現するんだ?あ、わかった。 9月8日。「広場で」のアレンジは1日で完了。電力は相変わらず不足だが、歌録りに突入。恐らく今日は途中断念するだろう。 電力が不足し、音にノイズが乗り始めた。更に、警告音が鳴って7分経過している。あと3分でデータをセーブし、レコーダーの電源を切らなければ強制的にインバーターが電力の供給を遮断する。けっこうなスリルだ。2分程度で電源OFFの段取りを済ませ、インバーターの電源を切った。 どーだ、おまえに切られる前にこっちで切ってやったぞ。 大した危機ではなかったが、おもしろかった。前半で作業を追い上げておいたおかげでレコーディングには1日予備日がある。なんとかなるだろう。 9月9日。天気予報によれば、この先も晴れは見込めない。しかし、エネルギーを補充しなければ残された残りの歌録り、ミックスダウン、マスタリングは完全にアウトだ。なんとかしなければ。 わずかな可能性に期待して日の出とともに起床。一刻も早く対策を施さねば。実は、ライブのために更に2枚追加注文しておいた120Wのソーラーパネルが7日にすでに届いている。しかしタワーへの設置は時間を要するので、そのままパッケージも開けずに放置しておいた。これをスタジオの南東側の窓に立てかけよう。夕方まで日光があたり続けるわけではないが、無いよりは数倍マシだ。天候は今のところ曇り時々晴れ時々雨といういたって不安定な状態。しかし太陽がわずかでも出るし、うす曇りでも多少は発電する。窓に立てかけるパネルとタワーのパネルを合計すれば480Wの発電能力になる。3時間でいいから太陽が顔を出してくれれば、単純計算で1,440Whのエネルギーになる。レコーダー2台のみで作業する段取りにすれば、20時間は作業できるはずだ。ぼやぼやしてはいられない。早速設置を始めよう。 上の写真は、べつに先行きを悲観して首を吊ろうというわけではない。ハンダ付けをしているヒマが無いので、とにかくケーブルを繋ぎ、ビニールテープでぐるぐると巻いているところだ。背後の2枚のパネルは、ソーラーパネルの裏面である。窓からは日光がさしこんでいる。急げ。 およそ20分で設置と配線を完了させる。パネルはご覧の通り、窓に垂直に立てかけてあるだけだ。 天候は相変わらず、曇り、晴れ、雨、の繰り返しだ。しかし、晴れる時はおもいっきり晴れる。そしていきなり雨。。。。じたばたしてもしょうがない。あとは自然の成り行きにCDの運命を委ねるのみ。さて、サファイアブルーに光る半陰陽の巫女たちよ、時折顔を出すあのヘリオスの僅かなささやきを一言も逃さぬよう、聞き耳を立てるのだ。 9月10日。恐る恐るバッテリーの電圧を調べる・・・・やった!満充電ではないが、今日の作業はなんとかなる。太陽は私を見捨てなかった(大袈裟なのだ)。僅かな電力でも、使うことが太陽に許可されたような気分だ。ありがたい。合掌X4。 お天道様、エネルギーいただきまーす!勿論無駄食いはいたしません。2台のレコーダー内でデータをヤリクリし、すべて1台のレコーダーに転送した。残りの歌録り、ミックスは全てこの1台のレコーダーのみで行う。勿論、音のクオリティーを落としはしない。施設の照明代だけで月額200万円もの電気代を支払うかつての豪華リゾートホテルのようなスタジオで録音された音と比較しても、リスナーにはクオリティーの差を感じさせないだろう。デジタル技術は「慎ましい姿勢」を支援し、録音装備に付着する豪華主義の神話を破壊する。ああ、すがすがしい! そして、終了!!!最後の1曲が完成した。しかし、まだ油断してはいけない。マスタリングという最終仕上げが残っている。そして今、台風15号が、刻一刻と近づいている。 9月12日。台風が去り、午後からはマスタリングが可能な電力もなんとか回復した。マスタリングにはデスクトップコンピュータ1台とオーディオ装置の電源が入るだけだ。電力的には何も心配はいらない。作業は6時間程度で完了。これで全ての作業が終了したわけだ。後はプレス工場に持ち込まれ、残念ながら電力会社の電気を使って量産される。 なにはともあれ、締め切りには間に合った。全く初めての経験が多く、エンジニアの鎮西さんと、短期間にいろいろ勉強した。ソーラー発電には未だに分からないことが山ほどあるが、とにかくおもしろかった。冒頭で「太陽とセッション」という感覚が正しいかどうかは、作業の過程でわかるだろうと書いたが、全ての作業が終了してなんとなく分かった。どうやらセッションのようである。しかし、これがバンドであるなら、リーダーは私じゃない。 さて、あっという間だったが、これでレコーディングリポートは終り。 アレンジからレコーディング終了まで、それぞれの曲がどのくらいのエネルギーを消費したのかをまとめてみた。仮に一切の省エネ対策をしなかった場合の電力消費量も書いてみた。ついでに、その場合、電力会社の電気を使うとどのくらいのCO2が発電所から生じるかもご覧あれ。
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